著者:大津秀一
著者がこれまで出会った終末期の患者の「後悔」のうち、多かったものを25例紹介。
後悔しない人生を歩むためのヒントとなる本。
…ということになってはいるのだが、果たしてこの本に書かれていることを実行したら、本当に後悔することなく死ねるのだろうか。
おいしいものを食べておき、行きたいところに旅行に行き、悪事に手を染めることなく、毎年人間ドックにかかり、遺産や葬式のことをきちんと決めておき、子どもを育てあげ、趣味を思う存分楽しみ、夢をかなえて、愛する人に「ありがとう」ときちんと言ったら「じゃあ、これで」って死ねるんだろうか。
これだけのことをしたからもう死んでもいいというのは、どうせこれ以上のことは80年や90年ではできっこないという単なるあきらめの境地で、後悔しない人生というのはそのあきらめの境地に達する道のりというだけのことではないのだろうか。

いつだって
最高にカワイイ服を着るの。
だって、みんなと同じにしてるだけで
人生が終わっちゃうなんて
サイアクじゃない?
Paris Hilton
White Fang かなり意訳
死ぬときに後悔する理由は、まさか自分が死ぬとは思っていなかったからで、それゆえに自分の死に対して準備不足だったからだ。
両足を失った人が手術後もまだ普通に歩けるような気がするのと同じように、永遠に生きるように造られていたアダムとエバの子孫である人間には、永遠に生きられるような気がする感覚がまだ残っている。だからだれでも自分は生きられると思って生きている。
つまり、死はあくまで人間にとって想定外のこと。
聖書は、死ぬときに後悔しないためのあきらめの境地に達する道のりの歩き方ではなく、永遠に生きられる道のりの歩き方を教えている。
イザヤ65:17-19
いまわたしは新しい天と新しい地を創造しているからである。以前のことは思い出されることも,心の中に上ることもない。しかし,あなた方はわたしが創造しているものに永久に歓喜し,それを喜べ。いまわたしは,エルサレムを喜びのいわれ,その民を歓喜のいわれとして創造しているからである。そして,わたしはエルサレムを喜び,わたしの民に歓喜する。その中で泣き声や,悲しげな叫び声が聞かれることはもはやない。
死ななければ何も後悔しない。
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