「「空気」と「世間」」

筆者:鴻上尚史

 

空気が読めない…

読めたけどうまく対応できない…

…っていうか空気って何?

 

そんな現代人のための「空気分析」。アカデミックなテイストをスパイシーに効かせつつも「あるある」感覚で読める読みやすい一冊。

 

一言で言えば、少し昔に成り立っていた「世間」という一定のパターンが現代風にちょっとずつ崩れているのが「空気」。空気をよめるような人になりたければ、昔の「世間」のパターンと比べてどこが崩れているのかがわかればよろしい。

 

 

 

  イザヤ40:30,31

 

  空気を読むから

 

  羽ばたかなくても飛べる

 

 

      White Fang

この、空気を読む力をアノミー・リテラシーと呼ぶことにする。

White Fang の造語だ。ぜひ流行らせていただきたい。

 

昔の社会には分かり易い決まった枠組みがあった。それが人口増、分業、価値観の変化、宗教の権威の失墜などによって社会の枠組みや規範が緩んで混乱してしまう。

これをアノミーという。リテラシーは、大雑把に言えば読解力のこと。

このアノミーが身近な人間関係でどのように発生しているかわかれば、空気が読める。

 

でも、クリスチャンなら、それだけでは満足しないはずだ。

 

規範が緩んで混乱しているのが空気だとしたら、そこにどんな規範が必要なのか、聖書のどんな基準がいま目の前のアノミーに必要なのかがわかり、それを適用して行動できる。それが、クリスチャンに必要なアノミー・リテラシーである。

 

コロサイ4:5,6

つねに知恵をもって歩み,(中略) 一人一人にどのように答えるべきかが分かるようになりなさい。

 

でも結局、人と接するときはいつでもアノミー・リテラシーが必要だから、実のところ、聖書の原則のどれが当てはまるか考えていつも通り行動するだけで、クリスチャンであるわたしたちは上手に空気が読めるのである。