「本当にあった嘘のような話」

筆者:マーティン・プリマー

 

こ、こんな偶然が!?と思うエピソードが満載。

ありえない確率の出来事がありえたときの話。

それによって命が助かった人も、人生が大きく変わった人もいる。

 

でも、どうして珍しい出来事って神秘的に感じるのだろう。

 

十年に一度の異常気象は5さいの ”ぼく” にとっては驚天動地だ。

でも100歳の老人にとってはもうかれこれ10回目。「まぁ、長く生きてるとたまにこういう年もありますなぁ」といった感覚だろうか。

 

百年に一度観測できる天文イベントが自分の生きてる間に見られるとしたら、それは嬉しいことだろうか。

もし千年生きるとしたらまだあと9回チャンスがある。

(いや、別に先日の皆既日食を、朝食を食べながら「なんか今日暗いなぁ」で見のがしてしまった負け惜しみではない。)

 

千年に一度の珍事も、もし百万年生きるとしたら一千回体験できることになる。千回も繰り返されればもはや珍しくも神秘的でもないだろう。

 

非常に低い確率のことが起きたからといって、なんでもかんでも神秘性を感じて感激してはいけない。ただ、人生が短く、経験が浅いから、珍しいことが起きたときにびっくりするだけなんだ。

 

特に、聖書を学んで、自分の将来が永遠であると信じるならなおのこと。

 

永遠と比べれば、「本当にあった嘘のような話」も、どうってことはない。

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